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2008年12月

思いがけない事。

そうだ
物事を頭で考える事、
想像だけではきっと
“思いがけない事”は起こらない
自分とゆうものと
「外の世界」とゆうものや「他人」とゆうものを介して初めて
自分が予想もしなかった事が起こる可能性が生まれてくるんだ
それにはまず行動しなくてはいけない
ネガティブもポジティブも関係ない。
自分の予想を超えた場所に行こう。


期待と不安を乗り越えて行こう。

失うものなど何も無い
とゆう不安も期待も無い事は
逆に言えば
なにかを恐れている時はそこに
「失うもの」を感じているからではないか。
それがもしかしたら過去の栄光や成功だったり
「期待」だったりするのかもしれない
だったら下手に期待はしない方が良いのか


なぜ人は凹むのか
それは行動してみたら
「理想の自分」と違っているからである。
期待していたものと違うから、

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疲れてきた時の頭が働かない時。

考えてる事事態が


ネガティブを産むなら


それをかきけす


体力が必要なんじゃないか

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意図。

そうか
そこに理由や意図をあらかじめ自分で用意して
動くから


それが見抜かれているように思われたり
そこにたどり着けなかったりするわけか


意図なし!!


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我慢我慢。

やりたい事をやれ。


やりたくない事をやれ。


我慢こそ


満たし尽くされた現代の、有一の希望。


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口と目と耳。

ひらめき。

心とゆうか、脳とゆうか
そのいわゆる「考える」ってゆうのは、一体なんなんだ!って考えてた。

朝考えた事を夜紙に書くなりblogに書くのってなんか違う気がしてさ。

人に話すとまた違うし。

一つちょっとひらめいたのが
思う事って、頭の中だけでの処理で、いわば一方通行の思考だよね。
喋った時の、誰かの反応みたいのもないし。

そうだきっと。

言葉を喋べるってゆうのは、一人でいる時にしろ
誰かに話すにしろ必ず
自分の声を「聞く」ってゆう働きがあるよね。
だから、自分の思いを喋って口に出すまでは一緒なのかもしれないけど
同時に耳で聞いた事を
頭で理解したり、そうゆう処理が働く分
きっと頭だけで考えるのとはまた気分が違うんだ。

たぶんblogとかも一緒。
心の思いを書いた、その直後に、言葉の文字を「見る」ってゆうのが入るから
見て、さらにもう一段階頭で処理が働いているわだろうな。

だとしたら、もしかしたら
僕がやるべき事は


自分の声をきかずに言葉を放ち
自分の文字をみず文字を生み出す

考えないで書く、喋るとは
「聞く」や「見る」を会さず

むしろ自分から一方通行に発信する事も
時には必要なんじゃないか


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